横笛紋太の話
横笛紋太の話
むかし、千葉の東金に紋太という笛がたいへんじょうずな人がいました。
紋太は子供の頃から笛が大好きで少しでもひまがあると外に出て笛を吹いていました。
紋太が笛を吹くと、近くにいる人はもちろん空を飛んでいる鳥も近くの木や草さえもうっとりと聞き入りました。
そして、いつしか
「東金には紋太という笛の名人がいるそうだ」とみんなに言われるようになりました。
そのうわさがある時、お城のお殿様にも伝わりました。
お殿様は「ぜひ、紋太の笛を聞いてみたいものだ」と言って家来をつかわして紋太に笛を聞かせてほしいと頼みました。
「私の笛をお殿様が聞いてくださるとは、なんと有難いことだろう」
と紋太は大喜びでお城へ出かけました。
お城では広い庭に家来達が沢山並んでいました。
紋太はお殿様の前に立つと自分の一番好きな曲を一生懸命に吹きました。
紋太の笛がとても上手だったのでお殿様はたいそうほめられて、沢山のご褒美をくださいました。
ある日、紋太は江戸に大変上手な笛の先生がいるという話しを聞いて江戸の笛の先生を訪ねました。
笛の先生の家に着くと「私は東金でみんなから笛の名人といわれている紋太というものでございます。
ぜひ、私の笛を先生に聞いて頂きたいと思ってお訪ねしました。
どうか私の笛を聞いてください」とお願いしました。
先生はかなりのお年寄りでしたが、にっこり笑って「では一曲聞かせて下さい」と言って紋太の笛にじっと耳をかたむけました。
紋太が吹き終わると、その笛を借りて先生が吹きました。
紋太の笛はまるで別の笛のような音色でした。
その音色の美しいことさすがに笛の先生だと感心しました。
「同じ笛でも吹く人によって笛の音色は変わります。
また同じ人が吹いても笛が違えばその音色は変わります。
奥州のお寺に名管『ぬれ羽の笛』と言われるすばらしい笛があるそうです。
私はその『ぬれ羽の笛』を一生で一度でいいから吹いてみたいと思っていたのですがもうこの年になってしまってとても奥州へ行けません。
あなたのように若かったらなあ」と言いました。
笛の先生の話しを聞いてどうしても『ぬれ羽の笛』を吹いてみたくなった紋太は遠い奥州のお寺へ向かって旅立ちました。
途中、幾日も泊まって遠い奥州のお寺へ着きました。
紋太はていねいに挨拶をして「私は上総の東金から参りました紋太でございます。
江戸の笛の先生からこちらに名管『ぬれ羽の笛』というすばらしい笛があるという話しを聞きました。
ぜひ、私にその笛を吹かせてください」とお願いしました。
すると、どうでしょう。お坊様の顔がみるみる青くなって身体がぶるぶる震えだしました。
「『ぬれ羽の笛』は吹いた人が必ず死んでしまうという恐ろしい笛じゃ。
誰も吹けないように封印をして蔵の奥ふかくしまってあります。
あなたに吹かせることはできません」と断られてしまいました。
しかし、吹かせられないと言われるとよけいに吹きたくなるものです。
紋太は何度も何度もお願いをしました。
それでもお許しがありません。
紋太はお寺のお掃除をしたり、お使いをしながら十日たち、二十日たち、一月、半年、一年と過ぎました。
それでもお許しはありません。
そのうちに紋太は、お経もおぼえ、読み書きも上手になりとうとうお坊様になって奥州のお寺に住みついてしまいました。
そうして三十年の歳月が過ぎました。
紋太はりっぱなお坊様になりました。
ある十五夜のことでした。
月の光の中で紋太はとおい故郷の東金のことを思い出しました。
思えば三十年前、『ぬれ羽の笛』を吹きたくて奥州へやってきたのです。
しかし、まだその願いはかなえられていませんでした。
「死んでもいい、名管『ぬれ羽の笛』を吹いてみたい」あの若い日の思い出が、紋太の胸に蘇りました。
とうとう紋太は、あれほどとめられていたことも忘れ蔵の中から『ぬれ羽の笛』を取り出すと月に向かって吹き始めました。
笛の音はそれはそれは美しく、野に山にそして村々に響き渡りました。
満月の夜から七日七晩紋太は一休みもしないで笛を吹き続けました。
そして、八日目の朝最後の一吹きを「ピー」と高らかに吹き鳴らすと同時に死んでしまいました。
とうとう紋太は仏様になってしまったのです。
奥州のこのお寺では今でも時々月のきれいな夜にはどこからともなく美しい笛の音が聞こえてくるそうです。
今夜あたり東金にも風にのって聞こえてくるかもしれません。
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